Diary 2004・1月12日(MON.)
チカラくんの話
さうさういつまでも寝てゐられない。私は自らの病体に鞭打つて、オパールへと出掛けた。といつても、閉店の 30 分前。お客さんも一組だけ。その一組のお客さんも、直に帰つてしまつた。
さあ、あとはぼちぼちと片付けの手伝ひをして、と言つても、あまり役には立たないだらうが、などと考へてゐると、エレベーターの扉がスーッと開いた。お! チカラくん。
「あけましておめでたうございます。本年もよろしくお願ひします。…えー、まだ、いいですか?」
もちろん、もちろん。あ、さういへばチカラくんは北京に行つたことがあつたよねェ。どうだつた?
「あれ? 今日はボクはお二人の台湾旅行の話を聞きにきたんですが…」
ああ、その話は台湾日記で書くから別にいいの。なんかネタになるやうな話をしてよ。
「分かりました! ではですねェ…ウーン、ボクが最初に北京に行つて感動したのは、北京空港の表示が『北京』としか書いてゐなかつたことです! 英語表記の並記がない。ここは他の場所とは違うぞ、と感じましたね。」
なるほど。中華思想を感じた、と。ぢやあ、北京で一番楽しかつたことは?
「それはもちろん、自転車を借りて、あの自転車の波の中で走り回つたことです! ワーイ! ッて感じ。」
それは楽しさうだなぁ。
「あとは、無駄に広い天安門広場とか、無駄に長い万里の長城とか…こんなもんでどうです?」
いや、十分、十分。チカラくんのおかげで助かつたよ。今日まで昨日のやうな日記を書く訳にはいかないからね。ちよつと、元気が出た。さすが、power くん、といふだ
けのことはあるね。「だから、ボクを power と呼ばないで下さい!」
あ、さうなの。
小川顕太郎 Original: 2004-Jan-14;- 関連リンク
- power's cycle diary