こうつくねん
さういへば昨日トモコが梅田に行つた時に、阪神百貨店の前を通ると、なんと人数制限をしながら百貨店に客をいれてをり、故に長蛇の列が出来てゐたさうだ。阪神タイガース優勝セールなのだらうが、なんか凄い。盛り上がつてゐる所は盛り上がつてゐるものだ。
タカハシくん来店。現在タカハシくんは、岩波少年文庫の『坊つちゃん』を読んでゐる。二十歳だと思つて、普通に乱歩や風太郎を薦めた私の考へが甘かつた。タカハシくんは、まづ漢字がほとんど読めない。言葉の意味も分からない。だから、引つ掛かりまくつて、薄い文庫本一冊を読むのに、一月以上かかつてしまう。本人も辞書と格闘しながら読むのは辛さうで、本来楽しみながら読むべき娯楽小説を、苦行のやうに読まれても、薦めたこちらも心苦しい。といふ訳で、どうしたらよいのかと悩んだ末に、少年文庫なら良いのではないか、と思ひついたのだ。なにより漢字にルビが振つてある。字も大きくて読みやすい。そして、名作揃ひである。少年向けだからと言つて、内容が低い訳では決してなく、かへつて、現在大人向けに書かれてゐる新作小説よりも、遙かに水準の高い作品がゴロゴロとある。山本夏彦からの孫引きだが、新しい本は古い本を読むのを邪魔するためにある、のだ。古典、あるいは過去の評価の定まつた名作を読むだけで十分である。いや、それだけの方がずつといいだらう。そんな、本ばつかり読んでゐる暇はない、つーの。
さういつた訳で、タカハシくんは岩波少年文庫の『坊つちゃん』を読んでゐる訳だが、もちろん、文章は大人向け(?)の文庫と変はらない。が、漢字にルビが振つてあるので読みやすいはずだ。どう、タカハシくん?
「んー、でも、ひらがなが難しいです」
ひらがなが難しい? どういふ意味だ、それ。言葉が分からないのかな。
「ほら、たとへばこの『こうつくねん』とか‥」
? …ああ、これか、これは『かう、つくねんとして、重禁錮同様な憂目に逢うのは』といふ具合に切つて読む。「つくねん」といふ言葉は知らないか?
「知りません。聞いたこともありません」
むむむ、さうか…。ま、それなら辞書でひくしかないんだけど、「こうつくねん」では出てこないしなァ。…でも、たとへこの意味が分からなくても、大体の感ぢは分からないか。別に言葉は全てが分からなくてもいいんだよ、大体で。うむ。
少年文庫素晴らしいです。
小川顕太郎 Original:2003-Sep-21;