年を歴た鰐の話
レオポルド・ショボー作『年を歴た鰐の話』といへば、山本夏彦ファンの間では伝説の本である。この本は山本夏彦の処女作(翻訳)であり、山本夏彦といへば必ずこの本のことが引き合ひに出されるのに、絶版となつたままで、容易に手に入らない代物だつたからだ。私もいつかはこの本、といふか、この作品を読んでみたいものだと、長年思ひ続けてきたのだが、ヒョンな事から、読むことが出来た。と言つても、山本夏彦訳『年を歴た鰐の話』ではなく、同じ話だが、出口裕弘訳『年をとったワニの話』(福音館文庫)の方である。
私はこの出口裕弘訳の本の存在を、雑誌「芸術新潮」2003 年 1 月号の鹿島茂の連載で知つた。その連載には、「子供より古書が大事(と思いたい)」と言い切る書痴の鹿島茂でさへ、山本夏彦訳の本は手に入らなくて、この出口裕弘訳の本で渇を癒したと書かれてあつたので、私は慌ててアマゾンで『年をとったワニの話』を購入したのだ。そして、私も同様に渇を癒した。非常に面白い。ただ、鹿島茂も、聞きしにまさる面白さだがその面白さを伝へるのは難しい、と言つて、粗筋をそのまま紹介してゐるやうに、この面白さを伝へるのは難しい。なんともいへず、奇妙なお話なのだ。童話であり、短くてすぐ読めるし、作者による素敵な挿絵もついてゐるので、興味のある方は、是非購入して読んでほしい。ババさん風にいへば、バチグンのオススメ、である。定価は 700 円+税。
ところで、なぜ山本夏彦訳『年を歴た鰐の話』が、待望されてゐたといふのに、ずつと絶版のままなのか、といふ疑問に、久世輝彦が、雑誌「諸君!」2003 年 1 月号の山本夏彦追悼特集の中で、久世輝彦なりの答へを出してゐた。それは、この『年を歴た鰐の話』は桜井書店といふ所から出てゐるのだけれど、この桜井書店を興した桜井均といふ人は、立派な文藝出版社を目指して起業したとはいへ、資金がなく、最初は「赤本」といはれる子供向けの俗本の出版から始めざるを得なかつた。後に、志賀直哉の本などを出せるやうになつたとはいふものの、いつまでも「赤本屋上がり」と言はれて出版界で差別され続け、失意のうちに廃業し、死んでいつた人なのだといふ。山本夏彦は、この桜井均に操を立てて、何社もが申し出た再版の願ひを断り続けたのではないか、といふのが久世輝彦の説である。あり得る話だ。
この桜井書店については、山本夏彦自身が、『私の岩波物語』(文藝春秋)で書いてゐる。この本もオススメ。
なんだか今日は、宣伝のやうになつてしまつた。
小川顕太郎 Original: 2003;