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 Diary 2003・1月7日 その 3(TUE.)

上海日記 2日目
後編

南京路音楽事情朶雲軒外灘(バンド)

南京路

 南京路に行く。ここは上海を代表する繁華街。名前の由来は 1865 年の南京条約にちなんだもので、共同租界の軸として当時は「大馬路(ダマロ)」とも通称された。つまり、昔も今も多くの商店やデパートが軒を連ね、たくさんの人々が行き交つてゐる、猥雑で活気溢れる、ある意味最も上海らしい通りである。

 我々が行つた時はすでに日が落ちかけてゐたのだが、毒々しいネオンが道の両側をズラリと飾つて、思はず「おお、道頓堀!!」と叫んでしまつた。とはいへ、道頓堀より何倍も規模が大きい。観光客らしき人々が、しきりに写真を撮つてゐる。マクドナルドの絵が全面に描かれた小さな路面バス(形は電車)が道の真ん中を通り過ぎる。自然と気分も浮き立つ。>> 上海寫眞帳 17 | 18

音楽事情

 やたらと日本語の歌がやかましく聞こへてきたので、何かと思へばイトキンだつた。中に入つてみる。ううん、鄙びまくつてゐる。地下に CD ショップがあり、そこでリサ“レフトアイ”ロペスの『SUPERNOVA』とベイビーフェイスの『face2face』を発見。中国盤であり、名前やタイトルが中国語になつてゐるのが面白い。『左眼』とか『面対』とか。値段も 58 元だつたので、購入する。他にも、洋楽ではマドンナやマライア・キャリーがあつた。日本の音楽ではウタダヒカルとグレイ。クラシック音楽のコーナーが充実してゐるのが、やはり社会主義の國、といふ感じがして興味深い。

朶雲軒

 色々な店をひやかしつつ、下らないものをチョコチョコ買いつつ、朶雲軒の前まで来る。ここは主に書画篆刻美術工芸に纏はるものを売る店。やはりせつかくシナに来たのだから、ひとつぐらいはかういふものを買わなくては、それに、日本で買うよりずつと安い訳だし、と入る。ここは政府系の店であり、働いてゐる人達も、他の店と違い社会主義丸出しだ。つまり、やる気がない。客の事は一切無視して、店員同士でお喋りをしたり、鬼ごつこらしき事をして遊んでゐる。

 ここは商品がほぼ全てガラスケースの中に入つてゐるので、店員の人に出して貰はなければならない。私は店員のお兄さんを呼び、何個か印材(石です)を出して貰つた。その時の、このお兄さんの態度が凄い。ちやんと出してくれたのだが、私がじつくり石を見てゐる横で、大きな欠伸を連発する。もう早くしてくれよ、という雰囲気丸出しで、ガラスケースをコツコツ手で叩いたり、大声で向こうにゐる女店員に何か話しかけたりしてゐる。さすが! やはり中国はかうでなくては! 私は異国情緒に浸りつつ、石を二つ買つた。

 ちなみに、これも社会主義の伝統的な方法らしいのだけれど、かういふ政府系の店では、まづこの商品を買ふと店員に言ひ、店員に伝票を切つて貰つてそれをレジに持つて行きお金を払ひ、領収印の押された伝票を貰ふ。それをさらに元の店員に渡すと、商品が貰へるといふシステムだ。面倒だが、社会主義らしくて、なかなか面白い。そりや、こんな事をしてゐたら、資本主義国に負けるよ。

外灘(バンド)

 バンドは、租界時代の古い洋風建築が立ち並ぶ海岸通であり、黄浦江を挟んで浦東地区の近未来的な高層ビル群も見へる、ある意味上海を象徴する場所である。上海といへば、たいていここの風景が写真として載つてゐるぐらゐだ。我々が行つた時は夜だつたので、古い洋風建築も、近未来的な高層ビル群も、どちらもライトアップされてをり、いかにもな風情を醸し出してゐた。確かになかなか良い感じである。が、そこまで騒ぐ事もないんぢやないか? とも思へる。なんといふか、我々のやうに日本の都会から来た者にとつては、そこまでの驚きや感動はないんぢやないかと思ふ。これならば、神戸のルミナリエの方が凄いんぢやないか? といふのは言い過ぎか。

 このバンドの景色が見へる、「M on the bund」といふ店で遅い夕食を食べる。ここは西洋料理の店であり、白人や国際派ビジネスマンといつた風情のシナ人が、多く集つてゐる。が、同じ西洋料理とはいへ、昨日行つた「Sashas」とは大違いで、雰囲気が良い。料理もおいしい。我々は満足してそこを出た。>> 上海寫眞帳 19 | 20

 ホテルに帰つて、就寝。

小川顕太郎 Original: 2003;