京都三条 カフェ・オパール Cafe Opal:Home

HOME > diary > 00 > 1217
 Diary 2000・12月17日(SUN.)

バトル・ロワイアル・
インサイダー

バトル・ロワイアル』を観た、という報告が続々と入ってきているが、予想された事とはいえ、どうにも評判が良くない。今のところ、面白いと言ったのは私とババさん、対してヤマネくん、ショウヘイくんのお姉さん、オイシンの 3 人が「最低」「ちっとも面白くない」「ダメですねえ」と言う。やはりダメなのか『バトル・ロワイアル』、初日の土曜日なのにあまり人が入っていなかったし、と頭を抱える。が、ヤマネくんによると、久御山では満席だったらしい。オイシンは弥生座で観たのだが、ここもほぼ満席。なんだ大宮東映だけが空いていたのか。よし! 頑張れバトル・ロワイアル!

 ババさんが『バトル・ロワイアル・インサイダー』という本を買ってきていたので、借りてザッと読む。深作欣二のインタビューが面白い。深作欣二はアクション映画とバイオレンス映画を分けて考えているという。深作欣二のいうアクション映画とはゲーム性の強いもの。今の人でいえばタランティーノとかジョン・ウーなどがアクション映画だ。これに対して肉感的な暴力が前面に出ているのがバイオレンス映画で、深作欣二の撮りたいのはこちらだ。深作欣二の考えでは、ゲーム性はバイオレンス性を減らしてしまう。

 ところで『バトル・ロワイアル』の原作を読んだ人なら分かると思うが、この小説は非常にゲーム性が強い。実を言うと私は読んでいないのだが、周りの人間がみんな読んでいるので、話を聞くと、みんなそう言う。ゲーム性こそがこの小説の命、とまで言う人もいる。が、それに対して深作欣二は、映画を撮るにあたってはゲーム性を無視すると言った。当然だろう。それが深作欣二の映画の撮り方だ。だから小説を読んで面白いと思い、それを期待して映画を観た人達は、まず失望するだろう。映画版の『バトル・ロワイアル』は、筋はほとんど同じとはいえ、小説版と全く違う作品なのだ。故に、「小説が面白すぎたから、映画はつらかったですねえ」というオイシンの感想は、全くの的外れ。というか、そもそも映画に対して失礼だろう。

 15 歳の少年少女達が、制服を着たままで殺し合う、という映像。これが素晴らしいのだ。演技の拙さも、迫力のなさも、そこはかとないクサさも、全て 15 歳の世界に属するものなのだ。賢しらな批評意識からはすり抜けていく映画。それが『バトル・ロワイアル』だ。ちょっと褒めすぎたか。

 今日はトモコも観にいった。感想を聞く。「テレタビーズがよかった」。テ、テレタビーズ? なんじゃそりゃ。「ラストシーン、渋谷の街角にテレタビーズの吊りポスターが 2 枚もあったじゃない。あれはテレタビーズ展をやっている時に撮影したのね」。そ、そうですか。で、他には? 「町蔵!」。ええ!? 「ほら町蔵みたいな子、出てたじゃない。殺しまくる子」。ああ、安藤くん、か。確かに昔の町蔵っぽかったな。髪型とか服装とか凶暴性とか。「それからビデオに出てくるお姉さん、あれは ちわきまゆみ?」。いや、もういいです……。

 マオさんが新潮文庫ヨンダ君の応募券を 11 枚持ってきてくれる。結局マオさんは義行さんと揉めて、映画も観にいかなかったらしい。仁義なき闘い、だ。

小川顕太郎 Original:2000-Dec-19;